カテゴリ:本( 3 )

最寄駅のそばにある図書館は、私が小学校に上がる時に開館して、その時から今に至るまで、私の生活にかかせないものとして存在している。
子供の頃は、ともかく親がもうやめなさいというくらい本ばっかり読んでいて、こそこそピアノの練習中にも読むので、年がら年中怒られていた。
朝から晩までずーーーーーーーーーっと図書館にいられたらいいのに、なんてことまで思っていた。

クラシックのCDもそれなりにあるので(といっても、20年以上も経った今はほぼみんな聴いてしまったけど)、Youtubeなんてものがない時代は、ちょっと伴奏のために聴いてみたい、次の曲を決めるのに聴いてみたい・・・なんて曲はみんなこの図書館のCDだった。(予約すれば他の図書館からも借りられるし)

留学中は、ともかく日本語の本に飢えていて、今まで読んだことないジャンルだろうが、ちょっと嫌いだと思ってた作家だろうが、なんでもあれば読んだ。電車に乗る時は、もう何回読んだかわからないお気に入りをいつも鞄に入れていた。
図書館が恋しかった。

なのに、最近は前ほど本を読まなくなり、図書館に行ってもぽーっとなってしまい、これだという本を見つけられず帰ることもある。

一昨日、ふと手にした本があった。
イタリアに関する本で、そういえば大分前に読んだような気がするなあと思ったのだけど、なんとなく借りてきて、読み始めると、まったく音楽のことは書いてないような本だったのだけど、今まさにカゼッラのことで、胸張ってここがテーマの核になるって言えそうなのだけど、何かもうひと押し欲しいなと感じていることが、書いてあった。
びっくりして、とりあえずメモ。
こういう、思ってもみなかったところからヒントが降ってくることってあるのねえ・・・・。
これ、本屋だったら見つけてない本だったと思います。そもそも、これはどこの棚に置かれて売られているのやら。

今日ひとつコンサートが終わって、ここから21日のリサイタルに向かっていけるので、
明日また落ち着いて、この本を読んでみようと思います。
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by cantalupo | 2012-02-26 23:44 |
最近、どういうわけか読書をあまりしてないことに気がついた。
本を読めないほど忙しいわけでもなく、結構電車で移動してる時間もあるのに。
昔よりぼーっとすることに罪悪感を感じなくなったのかもしれない・・・。
今までの人生で一番本を読んだのは高校生の時だった。
もう読書というか、チラシとか電話帳でもいいし、純文学も、歴史物も、エッセイも、甘っちょろい恋愛小説も、ともかく読みたかった。
今思えばあれは、単なる現実逃避というやつで、当時のピアノ、ピアノ、高校、ピアノみたいな生活のどこにあれだけ本を読む時間を作っていたのか・・・しかも寝る時間は明らかに今よりも早かったはずで・・・。
うーむ、人間やるとなったら時間なんていくらでも作れるという証拠なのかもしれぬ。
というか、最近のもっとも悪いことはインターネットかもしれない。
何か目的がなくても、クリックしていけばたくさんの情報が自分に押し寄せてくる。
買うのはちょっと・・・と思ってるような漫画は、ネタばれ と一言入れて探せばいい。(漫画が読みたくて読みたくて、でもお金がなかくて年がら年中うずうずしていた時代の自分に聞かせてやりたいよ)

・・・というわけで、地元の図書館へ行ってみる。
せっかくやる気を出したのに、10月に改装工事があって少し休む・・・という看板が私を迎える。
まあ、まだ9月の初めだから心配はない。
私が小学校に入った年にできた図書館。
古びた感じはないけれど、さすがに椅子は汚くなったなあと思うよ。
本の品ぞろえはまあまあだけど、CDはなぜか80年代のアイドルのCDとかいっぱいあるのが気になる。
クラシックのCDでかなりマニアックなやつは、ここ最近書庫に置かれているらしく、あらかじめ入口近くの検索機械で探さない限り見つからない。
80年代のCDこそ書庫に行ってもいいような気がするんだけどな。

とりあえず無事に5冊借りてきたので、この2週間は楽しめるでしょう。
三浦しをんの 「三四郎はそれから門を出た」を読み始めたら、やっぱり面白いわー。
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by cantalupo | 2010-09-09 20:07 |
論文の資料を集めつつ、なんとなく読んでいたページ・・・・
そこから、あ、ウンベルト・エコ(イタリアの哲学者、小説家)の本って日本語訳もあるんだなあと。
そうか、じゃあ図書館にもあるのか・・・
と調べてみると、あるどころかイタリア語の本が中央図書館にはたくさんあって
それを予約すれば普通にいつも行く図書館で借りて読めるのね。

私は、日本語で読みます。
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by cantalupo | 2009-09-21 23:11 |